ライフワーク研究家 中村 義
珍しく図書館へ出向いた。最近は、借りた本を別の図書館で返還できるシステムが発達しているから、とても便利なことである。IT技術が進歩したよい例のひとつである。
おまけに、一度に10冊も借りることができるので、読書好きには、まことに好都合である。これまで、古本市やインターネットで買ったりしていたが、時には図書館へ通うのもいいという当たり前のことに気づいたのが、私としては遅いくらいだ。
今回5冊を借りてみた。2冊は司馬遼太郎、1冊は井上ひさし、と好きな作家に関わる本たち。さらに、傍にあった『歴史・時代小説の作家たち』(尾崎秀樹、講談社)と『名作うしろ読み』(斎藤美奈子、中央公論新社)もついでに借りた。
偶然に借りた本たちの中で、とても不思議なつながりを発見することになり、少々興奮気味で、このエッセイを書き始めたというわけである。
まず、読売新聞に連載されている「名作うしろ読み」は、ほとんど欠かさずに目を通しているのだが、それが単行本になっていることは知らなかった。2009年4月から2011年12月までの分で132冊の本が紹介されている。
うまく分類されており、青春の群像では、『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)、女子の選択では『紀ノ川』(有吉佐和子)、不思議な物語では『吉里吉里人』(井上ひさし)、風土の研究では『紀州―木の国・根の国物語』(中上健次)が気になった。というのは、有吉と中上は、あとで出てくる津本陽を含めて私の同郷の人たちであるからで、たまたま借りた本の中で、不思議なつながりを体感することに。
有吉と津本は和歌山市の出身で、私が高校時代まで過ごした和歌山城近くの住人でもあったことは知らなかった。中上は新宮市出身である。“先の『紀州…』の中で司馬遼太郎の『街道をゆく』を指して、行政当局が敷いてくれた取材ルートに乗り、その土地のサワリの部分を、文人気質でサワッてみるだけの旅だと批判する。
『紀州…』の方法論はまったく逆だ。自らの愛車を飛ばし、行く先々でアポなし取材を試み、土地の人々の一代記に耳を傾け、あるいは立ち止まって思索する。”(出所:名作うしろ読み、斎藤美奈子)
この中上の書き出しには「紀伊半島を六か月にわたって廻ってみる事にした」とある。
このことは、司馬さんは知っていたのだろうかと思って調べてみると『紀州…』は1978年に出版されたので、この中上の強烈な批判は司馬さんもご存知であったはずである。司馬さんファンとしてはこの表現には、いやはやどうも困ったことである。
津本は、『歴史・時代小説の作家たち』に取り上げられており、紀州ものでは、生物学者・南方熊楠の型破りの生涯を描いた『巨人伝』や、紀州の豪商・紀伊国屋文左衛門の波瀾の人生コースをたどった『黄金の海へ』などの作品が紹介されている。
この南方熊楠は、司馬さんの『坂の上の雲』に登場する正岡子規と東大予備門の同期であったことや、ごく最近、東洋大学で開催された熊楠シンポジウムに参加してからは、熊楠のことについて、もっと深く関わり合いたいと思っていたところである。11月下旬には紀伊田辺市にある「南方熊楠顕彰館」や「熊楠邸」などを訪問することにしている。
また、紀伊国屋文左衛門が江戸に向かって船出した港のある村は、私が産まれた海草郡加茂郷というところであり、私の産後数か月して、和歌山内へ転居したと両親から聞いたことを思い出した。
こうしてみると、有吉、中上、津本、司馬、南方、紀伊国屋、などがとても身近な人物であるという奇妙な繋がりに興奮する。これも偶然に思い出したように出かけて、膨大な書架から、たまたま見つけた数冊の中にすべて同居していた、気になる人物たちが私を呼びこんでくれたような出会いとしか言いようがない。
本好きの私にとっては、まことに幸せそのものである。
また、そっと図書館へ行くことにしよう。また、うれしいおまけがあるかな。
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