こうして、「私の本」ができた 私のエッセイ雑記帳(その75)

ライフワーク研究家 中村 義(なかむら ただし)

あった!
一冊の本を見つけるのに、こんなにドキドキしたことはない。ほんの少し慌てながらデジカメのシャッターを静かに押した。そして何食わぬ様子で「私の本」を買った。「カバーをおかけしますか?」「いいえ、結構です」小さく震えた声で返した。

新聞で見た「あなたの原稿を本にします」というB社の広告との出逢いから半年、私の夢が現実のものとなった。

B社の出版説明会場へは、ある雑誌に投稿していた小論文を持参した。そして、担当者に相談をしてみた。その時の感触はかなり良かったので、翌日には本を書いてみたいとの意思表示をした。

当時、本社があった飯田橋へ出向き、編集局次長であったN氏との1時間余りの打ち合わせで、あっさりと目次もできた。この目次づくりが、私にとっては何よりの力強い味方であり、「これなら書ける」と直感したのである。

初めての挑戦がスタートした。ところが、いざ書き始めてみると、最も調子の良い時で1日に原稿用紙16枚が最高であり、1枚、いや1行も書けない日も何日かあった。こんな時はとても辛い。でも、鉛筆が走るということも何度か経験した。こういう時はとても楽しい気分になり、やはり書いてみて良かったという思いが残る。

1日のうち執筆にあてる時間は、午前中3時間、午後4時間という風に決めて、けじめをつけた。その方がだらだらと進めるよりも却って、効率が良いとの思いであったから。

当初、私には約200頁の単行本を書き上げるのに、どれくらいの日にちが必要なのか、まったく見当もつかないという不安があった。そこで、後にも先にもこのチャンスはないと思い、執筆に関するデータを採った。

結果は実働35日間、そう執筆時間135.5時間、総原稿枚数(400字詰原稿用紙)240枚であり、平均すると執筆日には3.9時間で原稿用紙6.9枚分を書き上げたことになる。これは1時間当たり、原稿用紙1.8枚のスピードということになる。やはり大したことはない。でも自分としては精一杯の取り組みであった。

嘘のような話であるが、原稿がほとんど完成する頃にも、未だ本のタイトルは決まっていなかった。というのは、これも私の欲張りが原因である。出版社は「欲張り納得ライフワークのすすめ」を仮題として編集作業を進めていた。私は「総合環境共生型住まい」という名称にこだわり続けた。

当時は、あくまでも生活者、施主側の目線から家づくりを追求したいとの思いを大切に考えていたからである。ただ、寺院建設プロジェクトの記録の前後を挟むように、自分の経験をもとに構築した、第2の人生を有意義に楽しく過ごすためのヒントやノウハウを加えた構成としたため、二つの主題が混在することになったのである。今から思えば、別々の本にすればまるく収まったのだが。やはり欲張りは良くない。

こうして「私の本」ができた。そのタイトルも『こうして「総合環境共生型住まい」ができた』と決まった。この本の帯には、“55歳で退職した普通のサラリーマンが、第2の人生を楽しむための欲張り納得ライフワークの見つけ方についての「実用プログラム」を構築した。本書はその「実践編」として、自ら「自然と人にやさしい住まい」をテーマにユーザー(施主)の立場からの発想や工夫を大切にした「住まいづくり」を解説したものである。これは、また「ノンフィクション実用書」という新しい分野への挑戦でもある”とある。これで文句なし、すべて見事に納まった。

自然環境と人間環境の双方にやさしい住まいづくりを寺院建築に適応するという大型プロジェクトについて、設計コンセプトから基本設計、契約、資金、ジョイント方式、施工管理、先行買付けなど、計画から完成までの全記録である。「住まいをつくる」ということは、大変にエネルギーのいることである。幸い私には時間が充分にあったから、かなり思い通りの住まいができた。その過程を多くの人に知ってもらい。少しでも参考になればこんな嬉しいことはない。

建築家の書いた「家づくりの本」はたくさんある。しかし施主、いわゆる生活者(ユーザー)自身の目線で見たり、考えたり、工夫したりした「住まいの本」はあまり見かけない。これは不思議なことである。理由はよく分からないが、たぶん建築全般にわたる専門的な知識が必要なこと、生活上の便利さを追求すると同時に経済的な検討も考えなければならないこと、設計図書や契約内容について建築会社(設計・施工)と対等に議論ができることなど、多くの面倒とも言える課題や問題をクリアする時間とエネルギーが要求されるからではないかと思う。

自分たちができる限り長く住み続けるためには、人まかせにしては「いい住まい」はできない。そして何よりも住まいづくりを楽しむことが大切である。ユーザーはあなたである。それにはプロの知識や技術を思う存分に有効に活用すればよい。住まいづくりについて、常にこんな思いがあった。そして実行するチャンスが意外と早くきたのである。

出版するということは、正直言って大変に「しんどかった」が、見知らぬ遠くの読者や知り合いから寄せられたメッセージに、「ああ、やはり書いて良かった」と思う。

「題が難しいのでとっつきにくいと思いましたが、よく勉強され、いろいろ参考になることがいっぱいありました。早めにシニアライフの計画を立て勉強に取り組む姿勢、すごいですね。それから実践に移して完璧と思える寺院の客殿・庫裡を完成させたこと、学ぶべきことがいっぱいありました」(40代、女性)

「まず、ブックカバーを取り除き、素敵な表紙装丁に目を奪われる。朝起きてから、取り敢えず『はじめに』を読み、君の輝いていたあの当時を、まざまざと思い出す。この4ページに、この本の内容全体が適確に要約されていることを窺わせる緻密な構成。文は人なり。君自身にとっては良い記録を残せたという思いかも知れないが、この『はじめに』を読んだだけでも良質の本と分かる」(60代、会社の先輩男性)

「書いてみたい」が「書けるかな」、「書けるかも知れない」、そして「書いてみよう」、さらに「書けた」へと変化していく。それぞれのプロセスで辛苦と快感を味わう。その素晴らしい体験は、あなただけのものではなく、そのまま子供たち、孫たちへのプレゼント、そう、間違いなく「生きた証」となるのだ。少しの勇気とエネルギーがあれば、誰でも出版はできる。この私ができたのだから。

出版してから、読者からの嬉しい反響の他、いくつかの新聞や雑誌にも取材記事や紹介記事が掲載されたことも大変にうれしいことである。また地域の県民活動センターなどで講演をさせていただくといった具合に、ボランティア活動の幅も少しずつ広がっている。

たった1冊の本が世の中に誕生して以来、その本を取り巻くさまざまな世界や見知らぬ人たちとの出会いによって、より楽しい生活を実感させてもらっている。

「こんな本があったらいいな」「こんなことなら書けるかも」「このことを多くの人に知ってもらいたい」「これで何か少しでも役に立てればうれしい」というような思いがあるあなた、とにかく書いてみませんか。今すぐ始めてみてください。きっと楽しいですよ。

(追記)この文章はB社の『20人の新鋭作家によるはじめての出版物語』という冊子に掲載されたものです。私も「出版コーディネーター」として編集に関わり、「はじめに」にも執筆させていただいております。

posted by Ryoma21 at 12:25 | Comment(0) | 中村義「私のエッセイ雑記帳: | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この国は、真の民主国家か? (私のエッセイ雑記帳No.74)

ライフワーク研究家 中村 義(なかむら ただし)

最近、特に感じること。この国の「政治世界」には、本当にうんざりだ。これまでも、このテーマについて感じているモヤモヤを書き綴ってきたが、今回は、いわゆる「政治家」と言われる人たちへ、今どうしても言いたいことなどを書き残しておく。

まずは、基本的なことから。
「国民の、国民による、国民のための政治」が民主国家の基本であることを認識する。当たり前のことであるが、この大切な考え方を今一度みんなで一緒に共有したい。

そして、いわゆる「議員」と呼ばれる人たち、すなわち国会議員、知事および都道府県議会議員、市町村議員などを選挙で選ぶ制度について、私の提案を紹介したい。

立候補予定者たちへ筆記試験と面接試験による統一テストを実施し、本人の政治に関する基本的な知識や適性をチェックする。ここで、その人たちの教養や人格や誠実さや正義感などを一般住民に知ってもらうのだ。

さらに選挙制度では、投票改革のひとつとして、立候補者の中に適任者がいない場合、棄権防止のためにも、落選させたい人(含、当選して欲しくない人)へレッドカード方式(マイナス票で減らす)を導入する。これは、衆議院議員選挙の時に行われている最高裁判所の判事の適否記入方式で実施されているから、おかしな話ではない。

そして、すべての議員たちの議員報酬を大幅に減額するか、基本的にはボランティアの形態であるべきではないか。これは西洋の国々には、既に存在していることである。

国会中継などで、たびたび見られる議論の中で「言葉遊び」とも言える無様な応答には、まことに「うんざり」する。官僚の書いた原稿をそのまま読み上げ自身の厚顔無恥をさらけ出す、といった醜態も少なくないどころか、気分が悪い。

また、法案などの審議時間が30時間を超えたので採決をするといったような風習は、止めるべきである。大切なことは、時間ではなく論戦の中身である。こんな当たり前のことすら実行できない与党の議員には、それこそ猛省を求めたい。あなたたちは、公正、公平、正義を大切にし、国民のために汗をかくべきである。

まともに答弁できない哀れな大臣たち、人格や資質に劣る議員たち、反対意見を言えない与党議員たち、あなたたちには人間としての恥ずかしい気持ちが欠けている。明らかに嘘をついて、物事をごまかそうとし、数の力で無理やり正当化するというやり方は、世界の素晴らしい多くの民主国家から冷ややかな目で見られていることに気付いて欲しい。

そこで、「噓発見器」の開発を国家プロジェクトとして、多くの優秀な研究者たちを集めてノーベル賞に値するような画期的な発明をしてもらいたいのである。そうなれば、嘘答弁などは完全に排除され、もっと有効な議論に時間を使えるのである。

国会中継について一言。国会開催中などで、国民にとって大切な法案審議を生で見聞きできることは、とても良いことである。そこでNHK(公共放送)には、他の番組を犠牲にしても、議案によっては、国会中継はくまなく放映してもらいたいのである。BS放送を含めると5局もあるのだから、できないことではない。百歩譲って、今すぐにNHKラジオ放送で実行してもらいたいのである。

(余談)変な言葉、いろいろ

政治家たちの発言には、まことに違和感というか、変な決まり文句を連発することで難を避ける人たちが少なくない。いくつかの例を挙げてみる。

万全の体制で:世の中には、およそ「万全」ということはあり得ない。にもかかわらず、平気な顔でこの言葉を使う政治家たちが多い。そして実際に外れた場合には、「想定外」という彼らにとってとても便利な言葉で直ちに取り繕うのである。

真摯に受け止め:これも毎日のように耳にするが、かえって嘘ぶいているような印象を与えることに気付いていないのだろうか。

結果を出す:この言葉はスポーツ界でも頻繁に使われているが、議員たちも使う。正しくは、「良い結果を出す」と言うべきで、単に「結果を出す」では、悪い結果も含まれるのであるから省略しないで、もっと正確に表現すべきである。

粛々と:自分たちが最も正しいと思い込んで、「その件については、国民に丁寧に説明し、理解を求めて、粛々と進める」などと発言していた某氏は、最近はこの言葉(粛々)を口にすることは無くなったようだが、少しは反省しているのか?

丁寧に:これからはしっかりと丁寧に対応したい。これまでは、そうではなかったということであり、まさに可笑しな表現に気付いていないのである。

posted by Ryoma21 at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中村義「私のエッセイ雑記帳: | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

空飛ぶ私の書斎 (私のエッセイ雑記帳No.73)

ライフワーク研究家 中村 義(なかむら ただし)

旅は大好きである。これまで海外には、仕事と観光を含めて60カ国以上の国や地域を訪問してきた。長年、仕事中心の旅を続けていた頃はもちろん、観光の楽しみなどまるで無く、調査や会議で忙しく、ただ往復していただけである。

リタイアしてからの旅は大きく変わった。やっと「遊び半分・取材半分」の旅が楽しいことに気づいた。企業をリストラされる前に、自ら早期退職してからは、「年に一度以上は海外旅行に出かける」という妻との約束が、もう10年以上も続いているのが不思議である。

私は旅の途中というか、道中が好きだ。ジェット旅客機で10時間以上も移動する旅などは、一番楽しいのである。大抵の人は、機内では食事、飲み物、テレビ、ラジオ、ビデオなどを楽しみ、そして眠るという日常をそのまま詰め込んだパターンとなって時間を潰す。これは、いかにも、もったいない。

私は、この時間帯が大好きである。名付けて「空飛ぶ私の書斎」という誠に贅沢な時間と空間を満喫すること。やっと気がついた。遅い。

この「空中書斎」とは、静かな空間(ジェット騒音はあるが、耳栓や音楽などである程度緩和される)で、大好きなアルコール類やコーヒー、ジュースなどをいただきながら、誰にも邪魔されることのない自分の時間をもつ。これぞ至福の境地。

これから訪問する先のパンフレットや旅行案内を読むもよし、もし帰国便なら、旅のまとめのメモ書きをつくるのもよし。やることは沢山ある。おまけに帰宅後のブログやエッセイ用の下書きとして、そのまま活用できるのだ。日常生活では味わうことの出来ない「空中で書ける」ということが嬉しいのである。

他にもうれしいことがある。機上でフライトアテンダントを臨時のマイ美人秘書として、いろいろサービスをお願いすることもできる。我が家ではこうはいかない。これまた至福のおまけ。

折角、海外へ出かけるのだから、単なる物見遊山や買い物ツアーだけではもったいない。記念写真や風景写真も悪くはないが、出来れば自分のテーマに関する情報を集めたい。自分の目で日本との違いや参考になることなどを直接に仕入れることが出来る。

ある著名なジャーナリストは「自分で実際に見て、感じた情報が一番である。他からの情報には説得力がない」と言う。まさに同感である。旅の話をブログに記録して発信する。アクセスしてくれた人たちから、追加情報が得られる。双方向通信によって内容がさらに豊かに膨れ上がり、上質の情報となる。

ちょっとした意識の持ち方で、旅は何倍にも楽しくなる。今後は、何としても「宇宙空間の書斎」を体験したいものだ。これが私の叶わぬ最大の夢のひとつでもある。


posted by Ryoma21 at 14:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中村義「私のエッセイ雑記帳: | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする